ぐーたら育児生活

2016年に長女、2018年に次女が誕生!アラサー主婦とほんわか夫とのドタバタ育児生活を文章やイラストで綴っています。

こどもが3人になっていた

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家族みんなで工作あそび。

テープが切れないだの、シールが剥がれないだの、折り方が分からないだのと言う、こどもたち2人の相手にてんやわんや。

ん?パパは何してるの?と途中で気がついたら、めっちゃ真剣に折り紙していました。

こどもたちの声も、わたしの「パパもこどもたち見てよー」という声も聞こえず黙々と。で、ようやく顔をあげたと思ったら「鶴ってどうやって折るの?うまくできない!」…って、知らんわー!!!

「わたしも分かんないわ…」と適当にあしらうと、「ねぇ、ここはこうだよね?」「ここまではあってると思う?」「ねぇ!なんか近くない?」なんて、こどもが1人増えたのかな?というね。

これ以上放っておいたら面倒くさい!と思い、うる覚えで鶴を折ったら、ソフトクリームができました。なぜ?

鶴って難しいね。
パパには爆笑されたし、なんか長女はめちゃめちゃ喜んでいた。ソフトクリーム。良かったです。

ちなみに、Google先生に教えてもらって、ちゃんと折れました。

あの頃の娘にはもう会えない

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少し前のお話です。

長女と次女は性格が全然違うので、2人を比べたり重ねたりすることはありませんでした。

でも、次女が初めて「はっぱ」と言った時、長女が初めて「はっぱ」と言った瞬間に立ち会ったような不思議な感覚になりました。ブワッと一瞬だけタイムスリップしたみたいに鳥肌がたちました。

それまでは忘れていたけれど、当時の長女が言った「はっぱ」と言い方や声が同じだったのです。

まいにち慌ただしくて、まいにち新しいことがあって、昔の写真や話で盛り上がることはあっても、こういう小さな一瞬の出来事を振り返ることはなかったかも。

こどもの今を大切にしよう。今しかない瞬間なんだから。なんて思ってはいたものの、本当に今この瞬間の娘たちには二度と会えない。ということを実感したのは、この時が初めてかもしれません。

友だちなら、1年会わなくても「変わらないね」なんて笑い合えるけど、こどもたちは1年で別人のように変わります。なんだか、無性に昔の長女や生まれたばかりの次女に会いたくなりました。

写真もいいけれど、もっとなんでもない瞬間を動画に残しておけば良かったなぁ。

自立と依存

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じぶんで何でもやりたい時期の次女。
何でもできるけれど、甘えたい時期の長女。

君たち反対なら色々とスムーズなのにぃぃぃ!と思ってしまいます。思うだけだから許してね。

じぶんでやりたい!という気持ちは本当に嬉しい!成長に必要だということも分かる。

分かるんだけれども、ちょっとした手助けもアドバイスも不要!そこから動くでない!という次女に、ちょっとだけ手助けやアドバイスをさせてくだせぇ!せめて正しいやり方を見せるから見てくだせぇ!という気持ち。
でもまぁ、見守るしかありません。全然出来ていないのに、自分流を貫く根気強さに感服しながら。

たとえ、納豆で髪や服がすごいことになろうとも。半分以上が口に入っていなくても。「あっとう!」とリクエストされた納豆でも見守ります…。おかげで、最近はちょっと上手になってきました。すごい。

たとえ、靴を履くのに5分以上かかっても、諦めるまで待ちます。諦めたらやり方を聞いてくれるので、気長に待ちます。そうすると、最近ではたまに履けることもあり、2人で大喜びします。すごい。


で、長女の甘えたい気持ちも大切なので、できる限りは甘えさせてあげたい。できる限り、だけれども。

本で「こどもは依存と自立を繰り返しながら成長する。依存する時にしっかりと依存できた人が自立できる。」というようなことを読んでから、焦ることもなく「あぁ、今は依存の時期ね〜」と思うようになりました。

「いいよー、そういう日もあるよね。本当は上手にできるの知っているけどね、いひひ。」なんて言いながら、また自立したくなるのを待つ。

実体験として、ママ褒めてくれるぞぉとニンマリしながら、じぶんでやる時がくるのを知っています。できて当たり前と思わず、毎日「すごい」「さすがね」「助かるわ」なんて言っていても、また甘えたくなるのも。


自立の次女と依存の長女。
ふたりとも頑張れー!

ママは待つしかできないけど、これが結構大変なのよ。

おかたづけ大作戦

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「ママお片付け速いよー!」と競走を楽しんで片付けていたのですが、多用しすぎて長女には通用しなくなりました。
(ちなみに次女はこれで楽しくしてくれるように)

しまじろうの力を借りたり、色々と言ってみるものの全然ダメ。一緒にしようと言うと「ママひとりでして!」と一刀両断。

まだ自主的にひとりでお片付けをできる年齢でもないし、やはりここは楽しく遊びとしてお片付けをしよう!と考えた末の、アンパンマンに食べさせよう大作戦!

お口のところに穴をあけたダンボールのアンパンマンバイキンマンにオモチャを食べさせてあげようというものです。

大成功!かと思いきや、楽しすぎたみたいで、箱をひっくり返されました…部屋、悪化しとるやないかい。

でもでも、最終的にキレイになればOK!なんて見守っていたら、散らかした段階で飽きる2人。飽きたなら、なんで箱をひっくり返すの…「面白いから、ママもやってみて!」って、「えー?ママもやっていいのー?たのしーい!」なんて結局ママひとりで片付けたわ。

たぶん、この結末を想像できた人が多いのではないでしょうか?
わたしも今思えば、そうなるわな…と思います。当時は「はっはっはー!これで楽しく部屋がキレイになるぞー!我ながら天才!」くらいに思っていました。短絡的。

まぁ、2人がとても楽しそうに遊んでいたので、なによりです。

一挙手一投足がかわいい

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最近の次女はよく喋るようになって、かわいさがレベルアップしています。

「好き」に反応して、わたしにハグしてくれるんです…か、かわいすぎる…。

この単語で意思を伝えてくる時期って独特のかわいさがありますよね。もう大好きです。かわいいしかない。

ちなみに次女は今、腕の中で眠っています。
基本的にわたしが漫画の色付けしたり、投稿したりしている時は、次女が抱っこじゃないと寝ない時です。スマホがある時代で良かった。

「ありがとう」について悩む

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口達者な3歳長女は、ホームな場所ではハキハキと喋りますが、1歩外に出るととても大人しくなります。

挨拶やお礼を言えるのですが、なにせ声が小さい。とても小さい。隣にいる私ですらやっと聞こえるかな?くらいです。

挨拶なら「挨拶できたね。でも、小さい声だと聞こえないから大きい声で言おうね。」と言えるのですが、「ありがとう」についてはハッキリと言えません。

「ありがとう」と大きい声で言うのが目的ではなく、誰かに何かをしてもらった時に「嬉しいな、ありがとう」と思うことが大切だと考えているからです。(わたし個人的にですが…)

なので、「ありがとう」と大きい声で言うことを目的にされると違うなぁと、今うまれている「ありがとう」の気持ちを折りたくないなぁなんて思うと、どう私が接するべきなのか分からなくなってしまいます。

家ではハッキリと言えているし、外でも相手に伝わっていないとしても、素直に「ありがとう」と言える心を褒めてあげたい。人見知りが治れば、ちゃんと伝えられるようになると思うし、良いところだけ褒めても良いのではないか?と思ったり…。

でも、いろんな人と生きていく中で、お互い気持ちよく暮らすために「ありがとう」を伝えることも大切です。
親のエゴとして、せっかくお礼を言っているのに聞こえていないのが勿体ないというのもあります。やっぱり、挨拶やお礼を笑顔でできる人って素敵だと思うので、そうなってほしいなんて願いもあります。

そう思ったら「大きい声で伝えようね」と言いたくなってしまう。

…なんて最近悩んでいます。
普段何気なく言っている「ありがとう」について、こんなに考える時がくるとは。

我が家では定期的にショーが開かれる

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長女によるショーwith次女が、定期的に開催される我が家。

かわいくて大好きなんですけど、実はこのショー、観客に厳しいのです。座る位置、声の大きさなど、長女の求める反応をしないと真顔でダメ出しをされます。

実家でも開催したのですが、「アンパンマン!」と呼び込む声が小さかったらしく5回はやり直しさせられました。
わたしは笑いすぎて声が出ません。が、両親はなんだか懐かしそうに目を細めて見ていました。「あなたと妹も、こうやって何だか分からないショーを開いていたわぁ。」と母は言います。

そうか、いつかは見られなくなるんだ。なんて、当たり前のことに気付かされました。このショーが開催されなくなる未来を想像するとちょっと寂しい。長女も次女もとっても楽しそうに歌って踊る姿を見ていると、自然と満面の笑みになってしまいます。それくらい可愛いから。

できるだけ長く、このささやかで可愛いショーが続きますように。なんて思いながら、今日も「声が小さい!」なんてダメ出しを受けています。